数学入門: 第12章フィードバック
「ライブ講義 大学1年生のための数学入門」を使った学生・読者の反応と, それに対する著者からのフィードバックです。
直積について$X\times Y = Y\times X$は成り立つか?
2つの集合$X$, $Y$について, $X\times Y = Y\times X$は成り立つでしょうか? $\times $の記号から雰囲気的に成り立ちそうですね。でもこれは($X=Y$でない限り)成り立たないのです。たとえば, $X=\{1, 2\}$, $Y=\{3, 4\}$としましょう。直積の定義から素直に考えて,
- $X\times Y=\{(1, 3), (1, 4), (2, 3), (2, 4)\}$
- $Y\times X=\{(3, 1), (3, 2), (4, 1), (4, 2)\}$
です。ここからわかるように, $(1, 3)$は$X\times Y$の要素ですが$Y\times X$の要素ではありません。つまり, $X\times Y$と$Y\times X$は異なる集合です。
交換法則を考えよう
数学では様々な演算(2つのものからひとつの何かを作り出す操作)があります。たとえば1+2=3は1と2という数から3を作り出す演算です。
演算において順序を入れ替えても結果は同じであるという性質を交換法則といいます。上で述べたことは, 「直積には交換法則は成り立たない」という事実(定理)です。
交換法則が成り立つ演算にはどのようなものがあるでしょう? 実数どうしや複素数どうしの和(たしざん)や積(かけざん)はそうですね。ベクトルどうしや行列どうしの和もそうです。ベクトルの内積もそうですね。
交換法則が成り立たない(ことがある)ような演算はどうでしょう? 割り算や引き算はそうですね。行列同士の積, 3次元ベクトル同士の外積もそうです。
では以下の演算はどうでしょう?
- 2つの集合$X$, $Y$について, $X \cap Y$は?
- 2つの集合$X$, $Y$について, $X \cup Y$は?
- 2つの正方行列$A, B$について, $\text{det}(AB)$は?(行列の積の行列式)
実はこれらは交換法則, すなわち
- $X \cap Y = Y \cap X$
- $X \cup Y = Y \cup X$
- $\text{det}(AB) = \text{det}(BA)$
が成り立ちます(確かめてみて下さい)。
数学を学ぶ時, 「この操作は交換法則が成り立つかな?」と意識的に考えてみましょう。するとその演算の意味や性質を理解する手がかりになります。これは数学を学ぶひとつのコツです。
よくある間違い: $\mathbb{R}^2 \subset \mathbb{R}^3$だと思っている。
$\mathbb{R}^2$は実数2つを並べたものの集合で, その要素はたとえば$(1, 2)$です。ではそれは$\mathbb{R}^3$の要素と言えるでしょうか? $\mathbb{R}^3$は実数3つを並べたものの集合ですから, $(1, 2)$ではもうひとつ数が足りないのでその資格はありません。したがって$(1, 2)$は$\mathbb{R}^3$の要素ではありません。従って$\mathbb{R}^2$は$\mathbb{R}^3$に含まれない(部分集合ではない)のです。つまり「$\mathbb{R}^2 \subset \mathbb{R}^3$」は間違いです。
「要素」と「成分」を混同してはいけない
集合を構成する個々のものごとを「要素」(element)と言います。たとえば集合$\{1, 2\}$について, $1$はその要素です。
ところがこれを「成分」と言ってしまう人がいます。成分 (component)は数ベクトルや行列を構成する個々の数です。たとえば数ベクトル$(1, 2)$について, $1$はその成分(詳しくは第一成分)です。つまり,
- 集合$\{1, 2\}$において$1$は要素であって成分ではない。
- ベクトル$(1, 2)$において$1$は成分であって要素ではない。
のです。
言葉を正確に使おう
「成分も要素も似たようなものじゃん, どうだっていいじゃん」と思ってはいけません。数学の議論は細部まで緻密・正確に言葉と記号を使うのです。そうやって思考のブレ幅を狭くすることで, 鋭く深い思考やその伝達が可能になるのです。「たかが言葉」と思っては数学はできません。
$1+1\fallingdotseq 2$は正しいか?
$1+1=2$ですが, では「$1+1\fallingdotseq 2$」は正しいでしょうか? ちょっと詰まってしまいますね。そういうときは定義に戻りましょう。$\fallingdotseq$とは「誤差の範囲で等しい」ということです。つまり, 許容できる誤差の大きさを$\epsilon$とすると($\epsilon$は正の数),
左辺は右辺$-\epsilon$以上, 右辺$+\epsilon$以下の範囲に入っている
ということです(右辺$-\epsilon$以上, 左辺$+\epsilon$以下の範囲に右辺が入っているとも言えます)。では$1+1$と$2$を比べてみましょう。$\epsilon$としてどんな正の数をとっても, これは成り立ちますね? したがって, $1+1\fallingdotseq 2$は正しいのです。
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